世界的に政治の動向は、脱グローバリズムの方向へ動いているとされている。脱グローバリズムは、国際経済という人類史における経済の新たな局面における変化を消し去ってしまうことになってしまう不確実性がある。
日本では、政府による企業に関わりのある被用者への関係を通じて、政府による企業への統制は強化された。日本では、政府による企業の被用者への統制により、被用者は、人類史における経済の変化の進路であるグローバル資本主義からは遮断されてしまうことになる。
多国籍企業に対する課税は、グローバル資本主義における国家と経済の関係を規定する最重要事項だが、実は法律上は未確定な部分が多く、国際経済における国家と企業の正義公平を図るのは難しい。
多国籍企業に対する課税には本来法律上の規定はなく、治外法権が認められる場合には、本社の所在する国の政府は、企業に対して課税を行うことが出来なくなってしまうのが大原則である。また、インターネットのようなデジタル技術の発達によっても課税に関して規定のない未知の領域の取引は拡大し、その分だけ国家と企業の関係は、世界システムにおける信用の内実により複雑化して、国家と企業の更なる発展の契機となる人格的権利のための無意識下における自由の弁証法的プロセスが発生することになる。
OECDの国際課税の取り決めに関する合意では、特定の多国籍企業に関する課税について、多国籍企業の所在する国の多国籍企業に対する徴税権の比率が増大し、また、国際的な徴税権の最低税率に満たない分について、不足分を徴税権国家が追加的に徴税権を行使して回収することになったのである。
しかし、国際課税の取り組みは一国だけでは成り立たない。国際的な連携に基づき包括的に取り組まなければ、国民国家と多国籍企業の間での正義公平は維持されないのである。
国際課税に対する批判は、保護主義の観点からは、徹底して排除するべき目標になるが、保護主義の根拠にある脱グローバリズムの態度によっては、却って国際秩序を否定した国民国家の暴走になってしまい、国民経済を多国籍企業から守ることにはならないのである。また、保護主義は、国際通貨であるドルの価値を大幅に下げてしまい、円安ドル高が進んでいた。アメリカの保護主義は偉大なアメリカを象徴する共和党の基本原則であるのみではなく、海洋国家である日本の自由貿易にとっても有利なのであり、日本人が共和党に協力するには十分な論拠になっていたのであり、スーパーマンやカウボーイが日本を救うことに他ならない。
国家と多国籍企業との関係では、国家は自由貿易主義へ前向きに取り組んでいかなければならない。自由貿易は、経済のグローバル化以後の経済成長への本道になったが、多国籍企業の拡大に応じて自由貿易が更に進歩するためには、過剰な保護主義や国民国家は頸城となってしまっている(過剰な自由主義も法が無視されたり法的保証が受けられず外国人の犯罪や人権侵害が増加するなら問題ではある。)。現代経済の自由の弁証法は最後の審判の日まで続く。(2023.9.4.筆者記。)