貨幣の価値をいかに決めるかについて、戦後にかけてのブレトンウッズ体制では、金本位制からドルを基軸通貨とした為替相場制への移行、さらにその変動相場制への移行、1985年のプラザ合意における先進国での為替レートの取り決めと基軸通貨ドルの維持が決まり現在に続いている。
プラザ合意後は、円安傾向の日米金利差が輸出に有利になったことをきっかけとして、海洋国家日本の自由貿易が拡大し、バブル経済に入った。その後も日本経済では、日米金利差に基づく貿易拡大による経済成長が主流の経済思想になった。アベノミクス下の円安好景気では、日米貿易協定や貿易収支改善が実現した。
アベノミクスもマイナス金利による円安により発生した金利差を利用して自由貿易の拡大に乗り出していた。しかし、アメリカにより為替操作国に指定され、日米官で貿易摩擦状態が発生したことにより、日本は、金利差が利用できなくなり経済成長の上限で停滞するリスクに直面し、日本にとってプラザ合意以後の大きな国際経済における為替動向を左右する変化を経験した。
グローバル資本主義との関係が日本に好景気を発生させてきたのであり、日本の経済政策では、金利低下・円安を基本とした自由貿易拡大が主流だった。しかし、金融政策頼みの円安には、アメリカによる為替操作国指定という限界が存在していたのである(金利上昇でも物価上昇や円安傾向は発生する)。金利のみを操作し、為替に介入しないことは、日本の自由貿易拡大には不利な要因にはならず、むしろ為替操作国という国際経済からの非難を免れ、国際社会での日本人の地位を保つことに繋がっており、経済成長の上限の克服が実現している。
為替操作国指定以外にも、日本の経済成長への負の要因が存在し、小さな政府の一国経済と国際経済の対立があり、自由貿易が国民国家としての日本経済と一致するかしないかは定まらず、国民国家としての一国経済が自由貿易には否定的でもあった。
一国経済の問題は、すなわち中産階級の問題であり、例えばアメリカの孤立主義傾向によっても、中産階級だけが、グローバル資本主義からは取り残され、批判的立場を取らされ続けることになってしまう。自由貿易の拡大は必ずしも国民国家の概念と一致しないのである。また、為替レートの多元化が議論されたこともあったが、そうした考えには、国民国家のイドラ的発想が根拠にあるので、グローバル資本主義という普遍的な世界構想から見れば全く不可能事であるだろう。
自由貿易の根拠にあるのは為替であり、為替は円とドルとの交換レートにより、貨幣の価値とは何かを決めているのであるが、貨幣の価値を決めているのは、実は国民国家ではなく、神の見えざる手という国際経済の動向そのものなのであり、その国際経済の主人公である多国籍企業には法的には法人登記状況に応じて国境や国籍は確定できないものではないが、治外法権が認められる場合があり、経済的自由を尊重する立場から、課税等で政策的に容易には操作することはできないものなのである。また、中産階級は、国民国家の文学により操作され、大規模な経済活動や貨幣経済からは脱落し、国家の幻想の中国の社会主義理念へと孤立し幽閉されてしまう傾向があるが、そうした傾向は、未だ極め尽くされていない世界文学や今後のアメリカ政治でも重要で注目されている。(2023.9.1.筆者記。)