ゲーテの霊――ゲーテの精神的価値と市民社会の危機

 ゲーテは屡々富裕な中産階級と呼ばれて世界的に有名な文豪だが、その反面ではワーカホリックと指摘されたりもしている。作家のロイヤルティー収入の目的はレジャータイムのためにあるのだから、仕事になってしまうのでは本末転倒である。

 ワーカホリックは中産階級が抱える無視できない矛盾の一つであり、中産階級の上流階級への障壁に他ならない。

 経済史では、中産階級(ブルジョワ階級)は働くことを条件とした階級と定義されており、中産階級にはロイヤルティー収入は、働くことの概念的限界にある終焉、中産階級の存在根拠の喪失を意味している。働く意味の外部にある資本の認識はゲーテ文学に込められていた不動の精神的価値(宗教的幸福=情報価値)の根拠となる文学的皮肉なのであり、ゲーテが億万長者の文学的知の全てであり、ゲーテが形質的に固定して富裕であるとされる理由である。

 働く限りは資本の蓄積が行えないこと、それが中産階級が中流社会から抜け出せなくなる理由なのであり、中産階級には実は私的な空間(私的な時間)は欠如しており、自分自身の時間を内面化しておらず、一般的な私的な同一性(統覚作用)の根拠にある純粋直観における変化のない時空間の意識はなかった(*ヘーゲル「精神現象学」E.宗教における「意識なき夜」[474])のである。

 ドイツでは中産階級が縮小しているとされているが、金利の社会的選択、物価や社会環境に応じて、中産階級の数は、社会的規模で操作することさえできるのであり、中産階級は変化に対する適応力が低いようである。そのことが、世界的規模での中産階級の危機の原因なのである。(2023.8.23.筆者記。)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です