喜劇とは神と人のカオス状態のことで、 産みの苦しみという点では産婆術的皮肉である。喜劇の恐ろしさは神と人の外的な接点に基づくユートピア的な完全性の神話であり、それに対して信じ難い喜劇の終わりの真実が待ち受けていることである。キリストや神や法を守って生きるには、その喜劇に耐えることができなければならない。
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2025年03月17日(月)3 tweets

全ての根拠であるキリストや神や法がなければ、いつまで経ってもコミュニケーションは取りもたれません。現実の物質より精神が先行しなければ、独断の蛸壺の中へと閉塞して行ってしまうのです。宇宙には始まりも終わりもないというアンチノミーを解決できるのはキリストや神や法という唯一義だけです。差もなければ戦争になり独裁者でさえ時間を無駄にしてしまうでしょう。
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ヨーロッパの戦争は終わっておらず、一ヶ月の停戦のためにいざこざや騙し合いが絶えなかった。その間中に外部との関係を強制的に遮断し呆けていただけで、実際には押しつぶされ狼狽えていたのである。デマが流れたり、核を配備したり、援軍が来ることになった様子は、ポーカーの試合のようであった。迷った時は読書をし、心を落ち着けて、何を行うべきかはっきり分かるまでゆっくりしていれば安心である。
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2025年03月16日(日)2 tweets

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犯罪者が不相応に貴族のようにするのも不公正不平等であり、それに比べれば貧富の差というだけでは何の罪穢れもない。善い意志を持つことには不正な虚栄心よりも大きな価値があるのである。
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2025年03月14日(金)5 tweets

対話は合理的な相互理解に基づくなら尚のこと良い。当然、直接の対話や対話のための媒体やシーン(文字か映像かの違いでもある。)の多様化というコミュニケーションの複雑化が戦争のようにコミュニケーションを撹乱し破壊するのではないかと社会では疑問視されもした。しかし、あくまでも徹底して自分自身の立場から理解することが人間的理解であり、人間相互の将来へ繋がっているのである。#読書 #映画 #戦争
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自文化中心主義は他人への理解力を損なってしまうようでは成長力がなくなり本末転倒である。自文化を保護するだけでなく、他人への理解力により相互の成長を促進するようにしなければならない。コミュニケーションの基礎には理解力や対話がある。#読書 #理解力
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読書では多様な表現にも触れるべき。何気ない表現が向かい合うべき自分自身の問題ともなり得る。 #読書 #表現の自由
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相手に危害を加えることからは何も生まれない。相手を滅ぼし尽くすこともできない。相手をよく理解し、相互に成長するのを否定しようとするなら、本当に相手を滅ぼし尽くさなければならないはずだが、そんなことは不可能である。
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単純なカテゴリーの中に他人を押し込めることは他人の才能の開花を阻害し、主体的な創造性を抑圧していることになる。他人との違いを乗り越えることができなければ自分自身の意志も実現できなくなってしまう。他人の創造性をよく理解して、自分自身の成長につなげるなら、多様な表現は自分自身の財産になる。#表現の自由 #組織学習 #経営 #経営組織
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2025年03月12日(水)5 tweets

知識のネットワークの発生拡大には実は法則的なものはなく、意外性や創発性によって幸運な場合しか発生しないとされている。知識の創造は創造的な営みではなく、受動的な営みと捉えられてきていた。従来からの経営学における知識の創造は理性より感性を重視しているが、日本人の主体的な読書論からはかけ離れている。知識の創造は、組織学習による環境適応や能率改善の実績からも明らかなように、感性よりも包括的なシステム論的思考の方が真実には重要だったのである。#読書論 #知識 #組織学習とセレンディピティー
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指導者の指導力の源は知識であり、時空間を超えて精神的に継承されてきた人類の精神的財産のネットワークである。夏目漱石の三四郎には「日本より頭の中の方が広い」というセリフが出てくるが、知識のネットワークも無限に存在する。#知識
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知識は近世日本では幕府の侍の知行のことで領地の領掌能力を意味し、英語のマスターに一致する。聖書では貨幣ではなく人頭税というジズヤが領地と捉えられているが、日本の武家社会でも領地と対応しているのは貨幣ではなく知識なのである。#知識 #聖書 #侍
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組織の目的(戦略)は組織のコアコンピタンスに応じる。システムの目的が達成できない場合、過去の方法では解決できない問題が発生した場合は組織学習が役立つとされている。システムの環境への不適応を解決するのは過去から蓄積されてきた知識の新結合というイノベーションなのである。#イノベーション #知識
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システムとは諸機能の部分の総和として存在するものなので限られた部分的システムだけではシステムは成立したことにはならず、文化的気質の違いを超えて普遍的で数理的なシステム以外はシステムとしては存在しない。システムの存在根拠は部分的局所的であると同時に普遍的な全体性なのである。#システム
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2025年03月11日(火)4 tweets

捏造の裏には確実に政治利用があり捏造は政治化の発端とも言える。もし捏造が何の目的もなしに行われるとしたら本当のユートピア的空想なのである。
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聖書や思想家の文書の捏造など文献学が文物の政治利用のために悪用され捏造を繰り返してきた歴史の全貌は未だに全て暴露されたわけではない。ポストモダン状況においては、学術研究や調査による全ての文物が矛盾捏造の産物であり、正しい判断や信念の実現のための科学的手段に過ぎない。しかし、ポストモダン状況でも自分自身が行うことができることの範囲内で何らかの目的を達成することは徳に適った行いである。ポストモダン状況を解決するのは自分自身の知識経験に応じて幸福に生きることを目的とした知足の思想なのである。#ポストモダン #知足 #文献学 #科学
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もし主権者である国民としての自覚がなければ、思考力や言語力が撹乱され、危機に対する適応力が低下し、自分自身の人生を自分自身で決める自己統治能力も行使できなくなってしまうだけである。#自己統治
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(2025.5.11.筆者記。)