似た者同士

 この世の中には似た人が何人いるだろうか。古事成語では少なくとも三人はいると言われる。また、三人依れば文殊の智と言われるように、その三人が集まれば、その道の頂点に達し、切磋琢磨して得た智慧により自分達だけの世界を作ることができるようになる。三国志における劉備・関羽・張飛の桃園の誓いのようなものである。

 似た者同士は相性が良く、智慧が増加したり、人間として高次元の目標の達成の遂行力が向上する。それに対して、もしかしたら孤独は、経験的知識の増大や人生の目標達成には無関係であるのかもしれない。

 孤独に耐えられることは人格的統合の主な目的であるが、そのために人間は他の動物と同様に群れを作って忍耐するようである。そのことは他でもなく孤独を解決してきたのは生殖であるということに他ならない。

 しかし、人間はなかなかその生物学的事実を認めようとせずに、他の個体から排除され孤立して、精神的に自由だが、それにもかかわらず孤独で苦しんでいる。ところがこの世には最低三人も似た者がいるというのだから、インセストタブーに反するようなコンプレックスでも発生しない限りは、人間は生物学的には実は孤独で悩んだりすることもないのである。

 この世には人間は何人もいる、都会になればなる程たくさん人間がいる。人間は初めは自己を神や超人のように考えたりもしたが、現在は他の動植物と同様に生命としては同様な尊厳を備えていると考えている。法的人格としての人間の基準は個人であるが、生命の尊厳という目的を追求することにより、現代に至って人間の組織行動の余地はより拡大し、生命は全体として繁茂繁盛していることになったのである。(2024.7.1.筆者記。)

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