[3]アメリカと反対に日本の上場企業では経営者が賃上げを要求させられている。だからと言って、矛盾した事態を肯定的に捉えれるものではない。ポピュリズムの政治手法が悪用され、世界から孤立を深め信用が低下する様子は鎖国の江戸幕府同然である。選挙運動のために効率性が低下し国際金融センターだった東京の地位が低下した責任は大きい。国際的環境に適応できなければ、経済成長に必要な持続可能性を阻害するリスクが増大し、市民は人類へ貢献することができなくなる。資本主義社会は投資家によって成り立つ社会であり、農業中心の戦時経済になったからと言って資本主義社会でなくなるわけではない。株主の地位を守ることができなければ、生活の質ではなく軍事力への依存が深まるが、反比例して資本主義への批判者の交渉力は低下することになる。資本主義への批判は、即軍事力への比重増大を意味するのみである。(2023.1.19)
[2]新型感染症や軍事活動により世界の構造的な偏差は拡大した。武器見本市さながらの軍事パフォーマンスにより地球市民の感情の分断は深まった。誰も真実を知ることなく、盲目的に袋小路に追い詰められ、閉塞させられているのではないか。災害や戦争の影響は何世代にも及ぶ。国際社会の変化の中で、東京の状況も変化した。2022年には世界の国際金融センターランキングで10位以内だった東京も現在は16位に転落し、英米圏の主要国がランキングの上位を独占した。日本ではSNSにより国際情勢の煽りが拡散し市民はその影響を受けやすい傾向がある。Z世代には時空間の制約は消え、インターネットで一定の生活水準を維持できる。昔日の世界三位の国際金融センターだった東京と同じ水準を維持できるかどうかは個人毎に偏差が出てくる。日本国内に居ても国家と国家の境界で作用する大規模な重力作用の暴走に巻き込まれ辺境化するだけだか、生活の質は個人の判断次第で、世界水準を維持するチャンスはある。(2023.1.16)
[1]判断中止とは「古代ギリシア哲学で、ピュロンら古代懐疑派の用語。いかなるものも不確実で、真なることを主張し得ないから、いっさいの判断を保留中止すべきだとする主張。」 人間は環境に制約され、不確実な情報を頼りにして生きなければならない。だが実際には、人間は良く生きるために、必要最小限の情報以外は必要としていない。一篇の詩は無数の際限のない情報の奔流よりも多くを物語る。詩的認識は人間に思考の余地を与える。情報は真実にはいつまでも論理的な構造の解析を終わらなくさせ精神不安定にする撹乱に他ならない。人間の認識は常に切り出された部分と全体を繋ぐ仮説の創設である。流れ漂泊する日々の不確定な状況下で座礁せずに正しい判断をするという矛盾した行動は全体と部分の循環を切断し、リフレクシブな仮説により繋ぎ合わせることにより可能になる。プラトンはイデアを幾何学の問題を解くのと同じように認識させた。人間は真実を知るには大量の情報ではなく、一篇の詩や神やアルキメデスの点を必要とする。(2023.1.14)